このページの要点
- 原則は「判断の材料と枠組みは渡し、判断そのものは渡さない」。迷ったらその場で答えず後日回答する。
- 緑(制度・調べ方)、黄(類型・自己開示、毎回の添え書きが条件)、赤(名指しの推奨・時期・数量・配分比率)の三段階で示す。
- チャットは最も事故が起きやすい場面。銘柄名の質問は次回の講義で一般化して扱う。
- 定型文は言い換えない。誤った発言は録画を消さず、次回に訂正して記録に残す。
結論:事故は条文ではなく、講座の中の発言から起きる
投資・マネー講座で投資助言との線を越えるのは、多くの場合、講義やチャットでの一言です。事務所は、契約書とは別に「発言ガイドライン」を作り、話してよいこと・条件つきのこと・話さないことを三段階で示し、定型文と記録の残し方まで決めておくよう勧めています。このガイドラインは、契約書を補うものではなく、それ自体が独立した防御の手段です。
女性向けのマネー・資産形成講座で、事務所は契約書の改訂と並行して、講師が講座の中で使う発言ガイドラインを全8部と別紙の構成で起案しました。ガイドラインの冒頭では、その位置づけを「契約書の補助ではなく、独立の防御手段」と書いています。契約書の条項をどれだけ整えても、講座の中で講師が銘柄名を口にすれば、その一言で講座の実態が問われるからです。契約書は紛争になったときに読まれる書類ですが、発言ガイドラインは毎回の講座の前に読まれる書類です。
位置づけの次には、迷ったときの行動を一つだけ書きました。「迷ったら、その場では答えず、次回に回答する」です。講座の現場では、受講者の質問にその場で答えたくなるものですが、即答した一言が記録に残り、後から読み返されたときに助言と評価されることがあります。答えを保留すること自体は、受講者に対する不誠実ではありません。保留した質問は、次の講義で一般化して取り上げれば、他の受講者にとっても学びになります。
原則:判断の「材料と枠組み」は渡し、判断「そのもの」は渡さない
ガイドラインの原則は一文です。「判断の材料と枠組みを渡すのは安全、判断そのものを渡すと危険」。金商法が規制の対象とする投資判断は、何を・いくつ・いくらで・いつ売買するかの判断です(金商法2条8項11号)。講座が教えるべきなのは、その判断をするための調べ方と考え方であり、判断の結論ではありません。この原則を具体的な場面に落としたのが、緑・黄・赤の三段階です。
発言の三段階(マネー・資産形成講座の発言ガイドラインから)
緑:話してよい制度・仕組み・調べ方
- 制度や仕組みの説明(NISAの仕組み、投資信託の構造など)
- 公表されている事実や統計の紹介
- 家計の収支の整理、価値観の整理
- 目論見書の見方など「調べ方」の説明
- 受講者が自分で調べた方法が手順として合っているかの確認
黄:条件つき類型・自己開示・仕組みの説明
- 類型としての資産配分の紹介(特定の受講者に当てはめない)
- 運営者自身の保有の開示(毎回「推奨ではありません」と添える)
- 受講者が挙げた商品の仕組みの説明(良し悪しは言わない)
赤:話さない判断そのもの
- 銘柄・商品を名指しした推奨
- 売買の時期の示唆
- 数量・金額の指定
- 資産状況を聴いたうえでの配分比率の提示
- 相場の見通しの断定
- 売却や乗換えの促し
黄の発言は、条件を外れるとすぐに赤に変わります。黄を使うときは、毎回同じ添え書きをすることが条件です。
黄と赤を分けるのは、次の三つの視点です。一つめは「誰に向けた発言か」。講義の全員に向けた類型の説明は黄、目の前の一人に向けた発言は赤に近づきます。二つめは「何を前提にした発言か」。その人の資産・収入・家族構成を前提にした瞬間、一般論ではなくなります。三つめは「どんな形の発言か」。「こういう考え方がある」は黄、「あなたは株式7割」は赤です。同じ内容でも、この三つのどれかが個別の方向に振れると、助言の性質を帯びます。
たとえば、資産配分の話題で考えてみます。講義で「資産配分には、守りを重視する考え方と、成長を重視する考え方があり、それぞれこういう特徴があります」と説明するのは、全員に向けた、前提を置かない、考え方の紹介です。同じ講義の中でも、ある受講者の名前を挙げて「○○さんのように子どもが小さい家庭なら、守りを重視した方がよい」と言えば、誰に向けてかと何を前提にするかの二つが個別に振れています。さらに個別コンサルで、その受講者の預金額と収入を聴いたうえで「株式は3割まで」と数字で示せば、三つすべてが個別に振れ、赤の発言になります。三つの視点は、講師が話す前に自分の言葉を点検するための物差しです。
運営者自身の保有を開示する黄の発言にも、同じ物差しが当てはまります。講師が自分の資産の一部を例に挙げること自体は、受講者にとって具体的な学びになりますが、受講者は講師の保有を「推奨」と受け取りがちです。そのため、ガイドラインでは開示のたびに「推奨ではありません」と添えることを条件にしました。添え書きが一度でも抜ければ、その回の記録だけが切り出されて読まれたときに、推奨と区別できなくなります。
場面ごとの注意:講義・グループ・個別・チャット・修了後
ガイドラインは場面ごとに章を分けています。場面によって、聞いている人の数、記録の残り方、質問の出方が違うからです。
場面ごとの注意点
| 場面 | 起きやすいこと | ガイドラインでの決めごと |
|---|---|---|
| 講義 | 個別の質問が講義中に出る | 個別の質問は、受講者が特定されない形に匿名化・一般化してから取り上げる |
| グループコンサル | 一人への回答が全員への発言になる | 全員が聞いている前提で話す。一人の資産状況に踏み込まない |
| 個別コンサル | 資産の詳細を聴き、結論を求められる | 毎回冒頭30秒で講座の範囲を宣言する。資産の詳細を聴き過ぎない。受講者の結論を是認しない |
| チャット | 銘柄名の質問に短文で答えてしまう | 最も事故が起きやすい場面と位置づけ、銘柄名の質問は次回の講義で一般化して扱う |
| 修了後のコミュニティ | 無償だから自由に話してよいと考える | 無償でも、有料の講座の延長として運営する以上、業法上の評価が軽くなるとは限らない。受講契約の終了後は禁止事項が及ばないので別の規約を置く |
個別コンサルの「受講者の結論を是認しない」は、意外に見落とされる点です。受講者が「この商品を買おうと思います」と言ったときに「それでよいと思います」と返せば、講師が判断を示したと評価され得ます。是認も判断の一種だからです。ガイドラインでは、こうした場面では「判断はご自身で」という定型文に戻すよう決めています。
個別コンサルの冒頭の宣言は、毎回30秒ほどで、その時間が判断の材料と考え方を扱う場であること、特定の商品の売買や配分を勧めることはないこと、判断は受講者自身が行うことを伝える内容です。毎回同じ言葉で始めることで、受講者の側も「ここは結論をもらう場ではない」と理解したうえで質問するようになります。資産の詳細を聴き過ぎないという決めごとも、同じ狙いです。資産の内訳を細かく聴けば聴くほど、講師の発言はその人の資産を前提にしたものになり、黄と赤を分ける二つめの視点で個別の方向に振れていきます。
チャットを最も事故が起きやすい場面と位置づけたのは、短い文章でのやり取りになりやすく、前後の説明が省かれたまま一文だけが残るからです。講義なら「これは一般論ですが」と前置きできる内容も、チャットでは「○○は今は様子見で」の一行になりがちです。その一行は、画面の記録として個別に保存され、切り出して共有することもできます。銘柄名を含む質問が来たら、その場では答えず、次回の講義で受講者が特定されない形に一般化して扱う、というルールを置いた理由はここにあります。修了後のコミュニティの扱いは受講生どうしのトラブルと講師との契約でも取り上げます。
グループコンサルで「全員が聞いている前提で話す」と決めたのは、一人の受講者への回答が、聞いている他の受講者にとっても判断の材料として受け取られるからです。ある受講者の質問に講師が具体的に答えれば、同じような状況にある別の受講者は、それを自分への助言として受け取ります。しかも、グループコンサルが録画されていれば、その回答は後から視聴する受講者にも届きます。個別の事情に踏み込む質問が出たときは、その場では一般化した形で答え、個別の事情は講座の範囲内で扱える内容に限る、という運用が必要になります。
定型文は言い換えない:同じ言葉が記録に残る意味
ガイドラインには、冒頭の宣言、黄の発言に添える注記、実績に触れるときの注記など、いくつかの定型文を収めています。そのうえで、運用のルールとして「定型文は言い換えない」と書きました。講師が自分の言葉で言い換えると、毎回少しずつ意味がずれ、どこかの回で注記が抜け落ちます。同じ言葉が毎回の記録に繰り返し残っていること自体が、講座が一貫して一般的な説明の範囲で運営されていた証拠になります。
別紙には「禁句と言い換え」の一覧を付けました。たとえば「この商品がおすすめです」は「商品を比較するときは次の点を見ます」に言い換えます。判断の結論を伝える文を、判断の枠組みを伝える文に置き換えるという原則を、講師が具体的な言葉として身につけるためです。「必ず」「確実に」「誰でも」「再現性があります」「このままでは老後が危ない」「今後は上がる」のように、勧誘の場面で消費者契約法の取消しの材料になる言葉も、同じ別紙で扱っています(「稼げる」の表示と消費者契約法)。
条文例禁句と言い換えの例
- 「この商品がおすすめです」→「商品を比較するときは、次の点を見ます」
- 「あなたなら株式を多めにしてよいと思います」→「資産配分にはいくつかの考え方があり、それぞれ次のような特徴があります」
- 「それでよいと思います」(受講者の結論への是認)→「判断はご自身でなさってください。判断の材料として、次の点を確認してみてください」
一つめはガイドラインの別紙に収めた例です。二つめ・三つめは、ガイドラインの原則(判断の材料は渡し、判断そのものは渡さない)と個別コンサルの決めごと(受講者の結論を是認しない)を、言葉に置き換えるとこうなる、という例として示しています。
記録の残し方:アーカイブ配信は、発言の全量を残す
このレビューで事務所が「実務上最も重要な指摘」と位置づけたのは、講座のアーカイブ配信です。講義もグループコンサルも録画して配信する講座では、講師が話したことはすべて記録に残ります。ガイドラインどおりに運営していれば、その記録は講座が一般的な説明にとどまっていたことを示す最良の証拠になります。逆に、一度でも赤の発言があれば、その部分が切り出されて読まれます。
誤った発言に気づいたときの扱いも決めています。録画の該当部分を削除するのではなく、次回の講義の冒頭で訂正を述べ、その訂正も記録に残します。削除すると、後から「何を消したのか」が問題になり、記録全体の信用が損なわれます。訂正の記録が残っていれば、講座が自らの範囲を守ろうとしていたことが分かります。
録画を残す講座では、受講者にも録画とアーカイブ配信があることを、申込みの前から伝えておきます。マネー・資産形成講座では、申込み直前に送る確認メッセージの中で、グループコンサルは録画してアーカイブ配信すること、知られたくない事柄は話さないことを伝える形にしました。講師の発言の記録として録画を使う以上、受講者の発言も同じ記録に残ることを、受講者が理解したうえで参加してもらう必要があるからです。
実績に触れるときの注記も、定型文の一つです。運営者自身の投資の成績や、受講者の成果に講義の中で触れると、聞いている受講者は「自分も同じ結果になる」と受け取りがちです。注記では、その実績が特定の人の、特定の条件と期間のものであり、同じ結果を約束するものではないことを、毎回同じ言葉で添えます。宣伝の場面での実績の扱いは、販売ページの表示の問題としても検討が要ります。録画と個人情報の関係はマネー講座の個人情報で扱います。
家計・ライフプラン・投資の第一歩をサポートする個別Zoom全7回の講座の事前説明では、事務所は必要な書類を20種類示したうえで、最優先を「業務範囲規程」としました。次に「面談スクリプトと禁止表現の一覧」、そして「面談記録の様式」です。電話勧誘販売に当たる導線では、本題の前に事業者名や担当者名、役務の種類、勧誘の電話であることを名乗る必要があるため(特定商取引法16条)、その告知の文言も面談スクリプトに入れています。このとき依頼者には「契約書は最初に作るものではなく、最後に作るもの」と説明しました。何をする講座で何をしない講座かが規程とスクリプトで決まって初めて、契約書の条文が書けるからです。
事務所が示した書類づくりの順番(個別面談型の講座)
- 業務範囲規程講座で扱うこと・扱わないことを社内の規程として確定する
- 面談スクリプト・禁止表現冒頭の告知と宣言、禁止表現の一覧を作る
- 面談記録の様式毎回の面談で何を話し、何を話さなかったかを残す様式を作る
- 契約書・規約決まった範囲を、受講者との約束として条文にする
講師やスタッフに守らせるために
ガイドラインは、運営者本人だけでなく、講座で話すすべての人が守って初めて意味を持ちます。外部の講師やメンター、チャットの回答を担当するスタッフがいる講座では、ガイドラインを渡すだけでなく、講師との契約の中で遵守を求める必要があります。講師との業務委託契約は、報酬・教材の権利・競業の条項が中心になりがちで、講師の発言を投資助言から切り分ける条項が置かれていない例を事務所は見ています。講師の発言が講座の実態を決める以上、講師との契約にもガイドラインの遵守と、違反したときの扱いを書いておきます(講師との契約)。
条文例講師との業務委託契約に置く条項の例(講義中の発言)
- 乙は、本業務の遂行に当たり、甲が定める発言ガイドラインを遵守し、受講者に対し、価値等の分析に基づく投資判断に関する助言並びに個別の金融商品の売買、選択、時期、数量及び配分の比率の推奨又は指示を行わないものとします。
- 乙は、受講者から前項に定める事項に関する質問を受けたときは、発言ガイドラインに定める定型文により回答を控え、その旨を甲に報告するものとします。
- 甲は、乙が第1項に違反したと認めるときは、乙に対し、講義の録画の該当部分の確認、次回の講義における訂正その他必要な措置を求めることができます。
第3項は、誤った発言を削除せずに訂正するというガイドラインの扱いを、講師との契約の上でも行えるようにする趣旨です。
ガイドラインが扱う「赤」の範囲は、金商法の投資判断だけに限りません。家計・資産形成の講座では、受講者ごとの税額の計算や、特定の保険商品の勧奨も、講座で話さないことに含めておく必要があります。どこまでを赤とするかは、講座が扱うテーマによって変わります。税務・保険の線は家計相談と隣接する業法で扱います。
投資教育講座の受講契約書を起案した案件でも、事務所は契約書とは別に運営チェックリストを用意しました。契約書の約束を、運営の現場で毎回確認する項目に置き換えたものです。発言ガイドラインと同じく、紛争の日ではなく毎日の運営で使われる書類として作っています。
発言ガイドラインに書く内容(マネー・資産形成講座の例から)
- 位置づけと迷ったとき契約書の補助ではなく独立の防御手段であること。迷ったらその場で答えず後日回答すること
- 原則と三段階判断の材料と枠組みは渡し、判断そのものは渡さない。緑・黄・赤の区分と、黄と赤を分ける三つの視点
- 場面ごとの決めごと講義、グループコンサル、個別コンサル、チャット、修了後のコミュニティごとの注意
- 定型文と記録冒頭の宣言・注記などの定型文は言い換えない。録画の扱いと、誤った発言の訂正の仕方。別紙に禁句と言い換え
ヒヤリングの問い|発言ガイドラインを作る前に
講座の中で話す場面を、すべて挙げてください(講義、グループ、個別、チャット、SNSのライブなど)。
場面ごとに章を分けるためです。運営者が想定していない場面(たとえば受講者限定のSNSライブ)で事故が起きることがあります。
講義やコンサルは録画しますか。受講者に配信しますか。
録画の有無で、記録の残り方と、誤った発言の訂正の仕方が変わります。
チャットに回答するのは誰ですか。回答の時間帯は決まっていますか。
夜間や移動中の短い返信が最も事故につながりやすいため、回答者と時間帯を把握しておきます。
運営者自身の投資の実績や保有を、講座の中で話しますか。
話すなら黄の発言として、毎回の添え書きと実績の注記を定型文にしておきます。
修了後も受講者が集まる場はありますか。有料ですか、無料ですか。
受講契約が終わった後の場には、別の規約とガイドラインの適用が必要になります。
起きがちなこと
よくあるご質問
講座の録画を残すのは、不利になりませんか?
ガイドラインに沿って運営していれば、録画は講座が一般的な説明にとどまっていたことを示す最良の証拠になります。不利になるのは、ガイドラインを外れた発言があった場合です。誤った発言に気づいたら、削除せず次回に訂正し、その訂正も記録に残します。
運営者自身が保有している銘柄を話してもよいですか?
事務所が起案したガイドラインは、これを「黄(条件つき)」に入れています。毎回「推奨ではありません」と添えること、特定の受講者に当てはめないことが条件です。添え書きが抜けたり、受講者の状況に結びつけたりすると、赤の発言に変わります。
うっかり銘柄名を出してしまったら、どうすればよいですか?
録画やチャットを消すのではなく、次回の講義の冒頭で「特定の銘柄を勧める趣旨ではない」旨を訂正として述べ、その訂正も記録に残します。削除すると、何を消したのかが問題になり、記録全体の信用が損なわれます。
外部の講師に依頼するとき、ガイドラインはどう効かせればよいですか?
ガイドラインを渡すだけでなく、講師との業務委託契約の中で遵守を義務として定め、違反したときの扱いも書いておきます。講師の発言が講座の実態を決めるため、講師との契約にも投資助言との切り分けを入れておく必要があります。
修了後の無料コミュニティなら、自由に話してよいですか?
無償であっても、有料の講座を修了した受講者が集まる場であれば講座の延長と見られやすく、無償だから助言に当たらないとはいえません。また受講契約の終了後は契約上の禁止事項が及ばないため、修了後のコミュニティには別の規約を置き、発言ガイドラインも同じように適用します。
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